2008年04月25日

欧米人夫妻にもらわれていく中国の女児たち

<A女>の出現が女児遺棄を防ぐという皮肉
2008年4月25日 金曜日 遠藤 誉
中国  A女  重男軽女  一人っ子政策  孤児   今回の話題は、一見、<A女>物語とは関係ないように思われるかもしれない。しかし、<A女>が脚光を浴びるようになったことの意味の大きさをご理解いただくには、中国社会に深い男尊女卑の視点が潜んでいることをまずお知らせする方がいいのではないかと思う。

 <A女>は一見、都市化の進むいくつもの先進国で見られる姿であり、社会問題と言うよりも、「苦笑を誘う」くらいの話、とさらっと受け止められやすい。だが、我々が暮らす日本と中国とは、良い悪いは別にして、社会のさまざまな前提が大きく異なっている。日本と同じ目線で理解しようとすると、さらっとした感覚のまま誤解してしまう危険がないではない。それを避け、中国社会の中での<A女>の相対的位置付けを知っていただくために、あえてこのテーマに切り込んでみた。

 一方で、個別具体的な<A女>のお話ももちろん重要だ。「中国動漫新人類」からおつき合いいただいた方はご存じと思うが、私は直接一次情報に当たらないと納得できない質でもある。そして実は最近、ようやく中国で<A女>の取材に成功し、彼女たちの切々たる思いと悲哀を知ることができた。そちらは次回以降にお話ししよう。

中国に行くたびに見る不思議な光景
 私は1年に平均して数回は中国に行っているが、そのたびにハッとする光景がある。一週間ほど滞在していると、必ずと言っていいほど、ホテルに乳母車を押した欧米系の中年夫妻が大挙して現われるのだ。乳母車の中にいるのは、どこから見ても中国人としか思えない女の子。1歳から3歳程度が多い。

 ときには、もう、愛おしくてたまらないという表情で中国人の赤ちゃんを押し抱いている40代がらみの欧米人女性を見かけることもある。それは長年子供を渇望し、ようやく母性が求めてやまない温もりを胸にした瞬間に持つ、涙ぐむような輝きをたたえた表情だ。隣に立っている夫も、喜びを隠しきれず、赤ちゃんの首を支えるような手つきで、女性の胸深く抱かれている赤ちゃんの頭の後ろあたりに、そっと手を差し伸べていた。

 私が乗ろうとしたエレベーターのドアが開いた瞬間に見たあの二人の姿を、私は忘れることができない。

 こういう姿を数多く見るようになったのは、1990年代の末ごろからだっただろうか。以来、私の脳裏には、「なぜ…?」という、聞いてはならないように思える疑問が消えたことがなかった。

 しかも北京だけでなく、上海だろうと、西安だろうと、昆明だろうと広東だろうと、はたまた長春、大連のような北国だろうと、どこに行っても五つ星級の大きなホテルなら、必ずといっていいほど、でくわすのである。多いときには100名ほど、つまり50組くらいの中年の欧米系の夫婦が集団で中国人の子供を連れている。

 何か不吉なものを感じたのは、そのほとんどが女の子だということである。
 反射的に思うのは、「一人っ子政策」だろう。

不吉さの影にある「重男軽女」の概念
 中国には「重男軽女」(男尊女卑)という、伝統的な感覚がある。社会主義国家になって、男女平等を標榜し、事実、女性も男性と対等に働いてきたが、「重男軽女」という概念が、人々の脳裏から消えたわけではない。特に農村ではこの固定観念が強い。

 2008年4月13日、中国の中央電視台(中央テレビ局)が放映した「奪命鋼針」というタイトルのドキュメンタリーは衝撃的だった。

 1979年、生まれたばかりの自分の子供に、その子が女であるが故に全身に縫い針を26針も刺して殺そうとしたのだが、その女児は奇跡的に死なず、今日まで生き延びた。4年前にX線検査で体内に26本も縫い針が刺し込まれていたことが分かり、今年2月に多くの人々の善意により、ついに最後の一本まで摘出することに成功した、という物語だ。無料で高額の手術を行った病院側の善意が伝わる一方で、そこまで農村部の男尊女卑は激しく根深いのだ、と私は痛感した(この事件の詳細は、さすがに本連載の目的とするところではないので、ここでは省く)。

 中華人民共和国が誕生した1949年以来、男女平等が叫ばれるようになり、たしかに都会では女性も男性と同じように社会に進出して仕事をするということが当たり前のようになっているが、一方ではまた、改革開放とともに、封建的な男尊女卑の感覚が復活し、「何でもお金で買える」という考え方は、逆に性の商品化を産んでしまうような傾向さえある。

 そんな中、子供は一人しか持ってはならないという一人っ子政策が平行したものだから、誰もが、「どうせ一人しか持ってはならないのなら、男の子がいい」と思うようになった。

 その結果、女の子が生まれると、昔は間引きし、その後は遺棄するようになったのである。

 一人っ子政策が実施され始めた初期のころは、二人目の子供を身ごもった場合は、(少数民族以外は)強引に病院に連行して強制堕胎が行われてきた。私はそのころ、中国のバイオテクノロジーの実態調査を行ったことがあり、胎児の臍帯血に含まれる幹細胞の提供に、中国は不足しないという事実にぶつかって、ギョッとしたことがある。しかも、私が調査した中国人民解放軍の軍医系統の大学病院とバイオ基地はつながっていた。

民衆の不満で一人っ子政策は緩和されたが
 このあまりの非人間的な施策には中国の庶民からの不満が集中し、今ではいくらか緩和されるようになっている。農村では第一子が女の子の場合に限って、第二子まで生んでよいとされる地域が増え、また都市によっては(最近では一部の田舎でも)性別にかかわらず、高額な罰金を支払えば第二子を産生むことを許すなど、その地域の事情によって適宜緩和策が講じられるようにはなってきた。

 しかし全体として、一人っ子政策は厳然と存在し、一人っ子を完遂した家庭には「独生子女父母光栄賞」(独生子女とは、一人っ子という意味の中国語)なるものが授与され、さまざまな優遇策が与えられる等の措置もある。一人っ子を実行するということは非常に名誉なことで、政府から讃えられるのである。そこで、一人しか持ってはならないなら男の子を、という願望から、「女の子が生まれたら捨てる」ということが横行するようになったわけだ。

 中国語では「養子(養女)にもらう」ことを「収養」あるいは「領養」というが、1991年12月29日に第7回の全国人民代表大会(全人代)において中華人民共和国主席令(七期第54号)として「中華人民共和国収養法」が成立し、1992年4月1日から実施された。

 これが海外に対して中国人孤児を養子(女)として貰い受けてもいいですよ、ということを宣言した最初の日である。

 斡旋するのは「中国収養中心(センター)」(CCAA)。中国人孤児をもらいに来るのは、ノルウェーとかフィンランド等のヨーロッパ諸国、あるいはロシアからもあるが、8,9割がたがアメリカだ。

 中国の権威ある新聞の一つである「参考消息」は、2006年2月6日付けの報道で、そのアメリカの状況に関して詳細に報じている。それによれば、1992年にアメリカ(白人)の夫婦に貰われていった中国人孤児はわずか206名だったが、2002年には5053名、2004年には7704名で、2005年までには計5万人以上に達しているとしている。

 なぜアメリカが中国の孤児を貰う傾向にあるかを「参考消息」は分析し、その理由として、次の3つを挙げている。

中国の孤児は「重男軽女」(男尊女卑)という伝統的な観念を中心とした社会的な背景により生まれたものであって、決して飢餓とか戦争などによるものでないため、他国の孤児に比べて健康であり、聡明でもある。他の国の孤児は、親が麻薬中毒だったりアルコール中毒だったりすることが多く、子供の心身に悪影響をもたらしている。
中国の「収養」機構は健全で、経費も比較的に安く、手続きが厳格なので安心できる。
養父母志願者の一部は、中国文化に対して一定の理解があり、かつ中国に対して好感を持っている。
 養父母志願者はアメリカ政府により資格要件に関して厳しい審査を経た上で、中国収養センター(CCAA)を通して孤児を紹介してもらう。

 孤児を貰い受けるまでにかかる経費は、往復航空費も含めて、1.5万ドルから2.5万ドル。そのうち3000ドルから5000ドルは孤児院に支払う。

 驚くべきことは、なんと、この孤児の「95%が女児」というデータだ。

 これこそが、約10年間ほどにわたって、明確にしてはならない疑問として私の頭の中を行ったり来たりしていた理由でもあった。この95%という数値を知ったとき、私はようやく合点して、この事実を文字にする気持ちになったわけである。

一人っ子政策が、男女比の狂いを生じさせた
 五つ星ホテルで、いつも見かけてきた光景。それは一人っ子政策により女児を捨てるという結果がもたらしたもので、これは一人っ子政策の災禍の氷山の一角に過ぎない。中には懐妊後、性別が判定できる時期になると、お腹の中の胎児の性別を判定してもらい、「女の子のようだ」という結果が出ると、堕胎してしまうケースも散見される。

 おまけにその判定が、必ずしも100%的中するわけではない。まだ小さいので、みまちがえることがあるのだ。堕胎後に男児であったことを知って、気が狂ったように嘆き悲しむ母親もいる。しかし、非合法で堕胎しているだけに、誤診を訴えることもできない。私の友人の一人は、その後懐妊できない体になり、一人っ子政策と医者を恨みながら、不幸な一生を送っている。おまけに男子誕生を渇望していた夫が、他の若い女性と不倫し、孕ませてしまった。激怒した彼女はすぐに離婚し、今は一人身である。

 ここで押さえておかなければならないのは、こういう性別識別による堕胎手術を行うことができるのは金持ちたちであり、また一部の都市住民のうち罰金を支払ってでも第二子を生むことができるのは、やはりかなり裕福な家庭ということになる。となると、金持ちであるか否かで、どういう形で子供を持つことが許されるかが決まるということになる。市場経済は熾烈な競争社会を生み出し、中国の貧富の格差は深まるばかりではあるが、これはいくらなんでも、道義的には容認しにくいのではないか。庶民の間からは多くの不満が噴出している。

 このようなさまざまな問題をはらみながら、中国の人口は男女比率に異常を来たすようになり、それが遂に表面化するようになった。

 国家人口・計画生育委員会は、2004年7月15日に国務院新聞弁公室で記者会見を行い、中国の全国平均男女比率は現在、男:女=116.9:100であるものの、2020年には3000万人から5000万人の結婚適齢期の男性が余るだろうと発表した。もっとも、ここには出生届けを出さない「黒孩子(ヘイ・ハイズ)」と呼ばれている闇っ子の女の子たちが隠れており、数としておもてに出てこないという側面もないではない。

 それを別とすれば、少なくとも、おもてに出ているデータからすれば、女性が余るのではなく、男性が余るというのである。

 2005年8月24日には、同じく国務院新聞弁公室は『中国性別平等と婦女発展状況』という白書を発表したが、それによれば男女比はさらに悪化し、全国平均で男:女=119.86:100に増加しているという。ということは、全国的に見れば、結婚できない男性が増えるという傾向は、ますます顕著になりつつあるということになる。

 これはまた、なんと歪(いびつ)なことだろう。

都会の<A女>と、農村の結婚できない男たち
 都市におけるホワイトカラーの女性たちが結婚できずに「剰女」などという侮蔑的呼称で呼ばれる一方で、全国的に見たら、極端な「剰男」現象が起きるというのだ。いや、すでに起きている。

 ということは、都市では「結婚できない<A女>たち」が溢れ、農村では「結婚できない男」たちが数千万単位で溢れている、ということになる。

 この男性群、どう考えても、いわゆる<A男>群であるとは思いにくい。しかも農村なので、農民ということになろうか。

 都市の男性は、農村から洪水のごとく入り込んでくる女性群がいるので、それが<B女>以下であっても、前にお話ししたように、「女性的魅力」を持っていさえすれば、結婚の対象となり得る。だから都市の男性が結婚にあぶれるということは少ない。あぶれるどころか、田舎から出てきていきなり成り金になったような男性群は、「二号さん」、「三号さん」を、いくらでも隠し持っている、というのが、中国庶民の常識でさえある。それもまた、権力の証として満喫している男性群もいる。

 かくして、あぶれるのは、都市の「できる女たち」と農村の男性群。農村の中には、若者と子供は男だけしかいないような村さえある。

 これは、どんな社会を生み出していくことになるのだろう。

 人間を経済的状態等の外的条件によって分類するのは適切ではないが、適齢期の男女の結婚対象という価値観から見たときに分類されている「D男」あるいは「C男」たちは、永遠に独身のまま切り捨てられていくことになろう。激しい貧富の格差がもたらす、「貧困にあえぎ、社会的蔑視に遭い、自尊心を傷つけられて生きていく」ことを余儀なくされている男性群が、それゆえに、生涯、結婚することも許されないとすれば、これは中華人民共和国が誕生する原動力となった「農奴の憤怒」と同じエネルギーを潜ませていることになりはしないか。

 今の社会主義国家、中国を誕生させたのは、まさにこの、牛馬のように過酷な労働を担わされ生涯結婚することさえできない境遇に喘いでいた「農奴」の群集の怒りだった。社会主義国家が市場経済的競争を許した今日、今度は結婚できない数千万の「D男」あるいは「C男」たちが、社会の不安定要素として中国政府の脅威となっていくであろうことは、誰の目にも明らかだ。政府転覆というところまで、そのエネルギーが高まる前に政府が抑圧すれば、何のために革命を起こして、中華人民共和国という社会主義国家を誕生させたか分からなくなる、ということにつながる。<A女>物語を深く極めていくと、そんな中国の根幹に関わる問題にまで突き当たってしまうのである。

 救われるのは、というべきか、救われない複雑な気持ちになるのは、というべきか、実は、この<A女>の存在が、女児遺棄に微妙な歯止めをかけ始めているという。

<A女>の存在が、男尊女卑の歯止めになるという皮肉
 女でも、高い社会的地位をゲットし、収入も高い。もちろん結婚しないで子孫がそこで絶えるのは恐ろしいことだが、しかし市場経済の熾烈な競争の中で生き残り、サクセスストーリーを駆け抜けていく<A女>が増えていったということは、「女の子だっていいじゃないか」という気持ちを、若い夫婦たちに抱かせるようになったわけだ。

 中国が経済発展するのは、悪いことではない。しかしその結果、「金こそが全て」という拝金主義的風潮が、価値観を物質的充足に傾かせていることは否めない。

 だから女の子であったとしても遺棄しなくなった、あるいは堕胎しなくなったというのは何とも哀しい。中国の庶民の中には人情に篤い者がかなりいるのだが、しかし、自分が生んだ子を捨てることができる心情と、「女性だって成功し金持ちになれるから女児を捨てなくなった」という、この変化を、どう受け止めればいいだろう。

 女児遺棄が少なくなった理由は、もちろん<A女>の出現ばかりとは限らず、たとえば現在、出産適齢期にある年齢の夫妻たちが、改革開放後に生まれた「80后」(1980年以降に生まれた人たち。80後)、あるいはその頃に物心ついた「70后」(70後)であるため、都市部にはセレブな者が多く、自分の老後の心配をしない者が多くなったということもあるだろう。

 また、日本動漫で育った世代でもあるため、多様な価値観を持ち、「重男軽女」(男尊女卑)といった中国の伝統的な価値観の中にドップリ浸かっているという者も少なくなっている。また、農村では第一子が女児なら第二子を生んでも良いことになったので、農村でも女児を遺棄する割合が昔よりは少なくなったせいもあるかもしれない。

 <A女>の出現以外に、もろもろの因子はあるだろうとは思うが、いずれにしても女児の遺棄が少なくなったことだけは確かだ。ということは捨て子全体が少なくなったことを意味し、孤児院に収容されるべき孤児が少なくなったことを意味する。

一人っ子政策を停止できるだろうか
 そこで中国収養センター(CCAA)は、2006年12月、「中国では孤児が少なくなった」ということを理由に、欧米(特にアメリカ)の養父母に対する資格要件を厳しくする規定を出した。

 その規制内容があまりに厳しすぎるので、アメリカ側から不満の声が上がっているものの、それでも孤児が、すなわち捨て子が少なくなったというのは、好ましいことではある。

 そうでなくとも、結婚できない<A女>や結婚しない「セレブ族」やらが増え始め、次世代は減少していくばかりだ。最近では結婚してもDINKS(Double Income No Kids)を通す都会っ子夫妻が増え始めているため、地方人民政府独自の「計画生育条例」によって第二子をもうける条件を緩和する都市もあるが、しかし、それも焼け石に水。このままいけば、老人ばかりの社会がやってくるのは必然であり、それは目の前に迫っている。

 2007年3月、中国政治協商会議委員であり中国科学院の研究員でもある葉廷芳等、29名からなる「29名委員聯盟」は、一人っ子政策の弊害が余りに多くなり始めたことに限界を覚え、「一人っ子政策を停止せよ」という提案を出し、庶民に熱烈な歓迎を受けている。

 一人っ子世代の結婚問題や離婚問題、職場における忍耐力あるいは親の「すねかじり族」等、一人っ子政策がもたらした災禍は別途じっくり見ていくとして、中国が一人っ子政策見直しに踏み切るのか否か、しばらくは、そのゆくえを静観したい。

posted by ルナパパ at 09:19| グァム ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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