2008年04月04日

中国よ、10年後の世界を見定めよ-2008/04/02

経営コンサルタント 大前 研一氏
2008年4月2日
 今、中国が揺れている。皆さんもご承知のとおり、その原因は「中国の火薬庫」とも言えるチベットでの暴動だ。

 簡単に状況を整理しておこう。そもそもの発端は、今年3月10日、チベット自治区ラサにあるデプン寺の僧侶による抗議デモだ。それが3月14日には大規模な暴動に発展した。事態を重く見た中国政府は鎮圧に乗り出し、多くの死傷者を出した。

 米国の短波放送である自由アジア放送は、以下のように事態を報じていた。いわく、僧侶や尼僧を含む10人あまりのチベット族がチベットの旗を振り、ビラを配りながら抗議活動を行なったところ、中国政府の武装警察が暴力(発砲を含む)で彼らを鎮圧した。そのため数十人の死者を出すに至っている‥‥。

 チベット人民に深く尊敬されている聖職者に対して、国家による突然の暴力。これで現地はパニック状態になったという。またデプン寺からジョカン寺まで300人の僧侶が参加してデモ行進する計画があったが、市中心10キロの地点で武装警察に鎮圧され50人以上が連行されたという報道も見聞した。

 まもなく北京オリンピックを迎える中国当局は、この手の紛争には慎重の上にも慎重を期して当たらなくてはならない。中国当局は「僧侶などの抗議行動はチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世の一派による組織的行動だ」と非難し、自分たちの行為の正当性を主張している。下手な対応といえよう。実際、オリンピックへのボイコットの声さえも聞こえている。

 また殺りくの兵器は使ってないと言いながら、死者に銃弾の撃ち込まれた跡のあることを海外メディアが報じると渋々認めたりしている。これでは20年前の中国政府に逆戻りだ。また、今YouTubeで世界的に話題になっているのは、チベットからネパールに至る標高5000メートル級の極寒の地で、チベット難民の隊列が中国兵によって狙撃され倒される衝撃的なシーンだ。

 胡錦涛総書記が鎮圧に当たった20年前のチベット暴動の時と今との大きな違いは、こうした“事実”が次々に世界中の衆目にさらされることだろう。新橿ウイグル地区での連鎖的な暴動も中国政府にとっては頭の痛い問題だ。

 インドにいるダライ・ラマ14世(現在はインドに亡命中)は、当然のごとく中国当局の主張を否定した。今後はその反発による更なる鎮圧行動も起こり得る状態だ。こうなると諸外国も中国当局に対して黙ってはいまい。特に人権問題にはうるさい欧州と米国がいろいろと言ってくるのは確実だ。ダライ・ラマ14世は、これから日本をはじめ世界中に旅して自らの関与を否定し、世界の同情を集めることであろう。

 ホワイトハウスの報道官も中国に対して自制を求めている。また多くの人権団体も動くに違いない。なかでも注目したいのは、チベット亡命政府のあるインドでの動向だ。この暴動とその対応を契機にして、インドと中国の関係が微妙になるのは必至である。

世界中に存在する民族独立紛争の火種
 それにしてもチベットに限らず、このような民族独立紛争が後を絶たないのはなぜだろう。英国における北アイルランド、ロシアにおける南オセチアやチェチェン、パレスチナにおけるガザ、イスラエルにおけるゴラン高原など枚挙にいとまがない。

 実は、これらの地域の問題の根源に共通しているのは、「異民族・異文化による統治」だ。そのために紛争は複雑化し、容易なことでは解決を見ない。中国とチベットも同じことが言える。チベットを統治する中国が、漢民族の人間を彼の地に送り込んだことこそが、問題の解決を困難にしている。

 分かりやすいように、北アイルランドと英国の例で説明しよう。

 英国が北アイルランドを併合したのは1801年のことだ。この二つの国では宗教が異なっていた。北アイルランドはカトリック、英国は同じキリスト教でも英国国教だ。英国はその状況を維持したまま、すなわち国教には手をつけずに統治だけすればよかったのだ(併合の是非はここでは措く)。

 しかし英国は人を派遣した。派遣されたのは当然英国国教の信者である。その結果、北アイルランドでは宗教や民族が混在することになった。こうなると、いざ独立しようとしたときがたいへんだ。北アイルランドを手放そうとすれば、統治のために移民した英国人たちをどうするかが問題になる。英国に帰還させようといっても、既に彼らは北アイルランドで200年にわたって地場を築いているのだ。そう簡単にはいかない。

 では北アイルランドに残って、独立後もその地で暮らしていけばいいかといえばそうでもない。これまでとは立場が逆転してしまう。つまり、統治する側、威張っていた側の英国人が、今度は虐げられる側に回ることになるのだ。さすがに、それは英国内の世論が認めない。「同胞を守れないのか」という声が上がり、政情が不安定になる。だから、北アイルランドを手放したくても手放せないというジレンマに陥る。結局、独立運動が起こっても認めることができず、紛争が長引いてしまうのだ。

独立時に複雑な問題が生じる統治方法
 このような事情はチベットや、先ほど挙げた地域も同様だ。そのとき統治する為政者が、違う宗教の人、違う民族の人を送り込むから、独立の機運が高まったときに複雑になる。これが政治的な主義、制度だったらもっと単純だ。ある日、「昨日まで共産主義でしたが、今日からはやめます」と宣言すれば、共産主義から脱却することも不可能ではない。ところが宗教や人種になると、「ある日を境に」というわけにはいかなくなるのだ。

 歴史に「たら」「れば」を言ってもしかたがないが、もしもチベットを統治するときに、中国が漢民族の人間を大量に送り込まなかったら、これほど根の深い問題にはならなかったはずだ。チベット人だけがあの地域に住み、それを中国が遠くから統治するだけというしくみを取っていたら、独立の機運が高まったときに「では、自由にしてあげよう、独立しなさい、明日から君たちは独立国家だ」と送り出すことができただろう。南米やアフリカで独立後に比較的簡単に旧宗主国が退いてこられたのは、送り込んだ人間が比較的少なかったからだ。インド、マレーシア、シンガポールの英国人、インドネシアのオランダ人、フィリピンの米国人などもこれに準ずる。

 ところが、今の状態でチベットの独立を認めたら、これまで統治していた漢民族が逆に虐げられる立場に追い込まれる。中国の国民がそんなことを許すはずがない。「漢民族を守られない北京の政府は何をやっているんだ」と大騒ぎになるだろう。もはや、統治前の状態には戻れないのだ。

 旧ソ連邦の場合にはバルト三国やカザフスタン、タジキスタンなどにも大量のロシア人を(特にシベリア地方から)送り込んでいた。いまこうした国ではロシア人がかなり劣位に追い込まれており著しく不平等な扱いになっている。こうした状態から万一の紛争が起きるのを防ぐためにチェチェン共和国、(グルジアの)アブハジアや南オセチアなどでは自治共和国とはいってもロシア軍が依然として駐在し、治安の維持に当たっている。

チベット暴動の真の理由はいまだ隠されたまま
 話を中国に戻そう。

 今回のチベットでの武力鎮圧については、「中国はやりすぎだ」がまず世界的な共通認識だろうと思う。しかし歴史を振り返れば、中国は常にチベットを激しく弾圧してきた。そのやり過ぎた張本人は、こともあろうに現在の中国の総書記の立場にいる胡錦涛氏だ。彼は、20年前のチベットに起こった独立運動を沈静化するために、多くの人を虐殺した。その鎮圧の功績(?)があってこそ、総書記という今の地位があるのだ。彼らは60年近く前に毛沢東が作り上げた版図を守ることが歴代の総書記の役割と心得ているかのようだ。

 そのことを考えれば、今回のチベットの暴動に対しても、彼は徹底的にやるだろう。もともと中国は、「やらねばならないことは徹底的にやる」「そのためにはどんな犠牲をもいとわない」「原則主義で例外は認めない」という気風がある。その結果、100人、200人の命が失われたとしても、あまり影響されない。そういう主義を持つ人が中国には多いのだ。このまま事態が悪化していけば、中国は世界中から相当非難されることになるだろう。

 今回の事件では不明瞭なことも多い。例えば、暴動の本当の理由もよく伝わってこない。「軍の車が市民に突入したのが契機になった」という報道もあるようだが、確定的な情報ではない。僧侶たち、あるいはチベット族の人たちの不満がいったいどのくらい高まっているのかも分からない。

 実はこの度の暴動と同時期に、甘粛省でもチベット人がデモを起こして、こちらでも死者が出ている。同じチベット人ということで関連づけて見られているが、同時期に違う場所でデモが起こったということは、チベット独立が目的ではなく、政府そのものへの不満、漢民族が経済支配や繁栄のうまい汁を独占することへの反発、という感情的なものがベースにあるのかもしれない。そういう情報が我々のところに届かずに、読み切れないところだ。いずれにせよ、この問題は早期の解決は見込めない。後を引くだろう。

「太平洋2分割支配」を提案した中国軍幹部
 中国のこれからを展望するに、気になるのは国内問題だけではない。中国は現在急成長を遂げ、経済第2位の日本をもあと数年で追い抜こうというところに来ている。その中国は、世界の中でどういう地位に就こうとしているのだろうか。

 それを端的に示す出来事があった。米国のキーティング太平洋軍司令官が中国軍の幹部と会談した際に「空母を開発するから、ハワイから東を米国、西を中国で管理しないか」と提案されたのである。つまり、太平洋を米国と中国で2分割支配をしようと呼びかけたわけだ。キーティング司令官は、その発言を冗談ととらえたようだが、一方で中国軍の戦略的な考え方を示唆しているという見解を述べた。

 まずその中国軍の幹部は、米国の考え方を勘違いしている。そもそもなぜハワイを基準に分割などと言うのか。米国軍の第7艦隊のヘッドクォーター(本部)がハワイだと誤解しているのではないだろうか。

 ご存じのとおり、第7艦隊のヘッドクォーターは日本の横須賀基地である。寄り道として、ハワイやサンディエゴに寄港することもあるが、ヘッドクォーターは横須賀なのである。それはなぜかと言えば、日本が思いやり予算で費用を持ってくれるからという理由はもちろんだが、横須賀が地理的にも管理地域の中央に位置し、中国へのけん制も効く絶好のポジションだからだ。

 そしてその守備範囲は太平洋だけではない。米国の西海岸から中近東までの広大な範囲を第7艦隊が管理しているのだ。まさに世界最強の海軍である。中近東、インド洋全体、太平洋を管理する第7艦隊が、太平洋の西側だけを中国に譲り渡すことがあろうはずがない。

 それを理解していれば、「ハワイを基準に東西分割支配」などというのんきな提案をするはずがないのだ。そういう見識の低い中国軍の幹部がいて、彼らが軍艦に乗って、日本の周りの海を走っていると思うと、ちょっと恐ろしい気がする。それに対して日本政府が無反応なのもうなずけない。横須賀を提供している(あるいは依然として占領されている)意味が分かっていないのではないか、とさえ思える。

10年後、世界にそそり立つ4本の柱
 太平洋2分割支配の提案は、おかしいほど非常識な発言だといえるが、こういうことを中国の人は最近よく口にする傾向がある。21世紀は米国と中国の時代だと考えているのだ。彼らの頭にはもはや日本も欧州もない。

 しかし、その考えは当然誤りである。10年後の世界はどうなっているかを想像してもらいたい。わたしが推測する10年後の世界は、米国と中国に支配されている状況にはない。

 そのとき世界の柱になっているのは米国、中国、そしてインド、拡大ヨーロッパの四つだ。拡大ヨーロッパとはロシアを含んだ欧州のことだ。ユーロランド合衆国として、国家的な存在になっている拡大ヨーロッパである。

 わたしが繰り返し述べているように、EUは東方拡大を続け、プーチンが二度目の大統領を辞める12年後(2020年)までにはロシアまで加盟しているだろう。EUはこれによりエネルギーを手に入れロシアの軍事力をも併せて、米国の3倍の人口と2倍以上のGDPを持つことになる。世界一の超国家となっているはずだ。2番目が米国、3番目が中国、4番目がインド。日本はうまくいけば第5番目の経済大国として残ることができるが、それさえも定かではない。人口が3億〜15億人の巨大な四つの柱が、どーんとそそり立っている。それが10年後の世界である。

 その絵が中国には見えていないのだ。その4本の柱のなかで、中国はどのような位置にあるだろうか。いま急成長を続けている中国といえども、油断は禁物。ロシアとセットになった欧州に比べれば遙かに規模は小さい。だから現在、中国は「いざ、世界制覇せん」という気持ちでいるだろうが、それは“中国 as No.2”ということに酔いしれているにすぎない。それはかつての日本と同じだ。“Japan as No.1”と外国人から褒められて、自分たちのパフォーマンスに酔いしれていた、20年前の日本の姿なのだ。

10年先の後継者を決めた中国とロシア、来年すら見えない日本と米国
 とはいえ、中国は、長いスパンでものを成し遂げられるシステムを持った国であることは事実だ。なにしろ胡錦涛総書記は、自分の後継者として習近平氏を抜擢してしまった。国家副主席の地位を与えたのだから、総書記を引き継ぐのが習近平氏というのは既定路線と言っていいだろう。

 確かに習近平氏は全人代のときに、ライバルと見られていた李克強よりも序列が上になった。そのころから胡錦涛の後継者は習近平氏なのではないかと思われていたわけだが、これほど早く副主席に選ばれるとはわたしも思ってはいなかった。現在は北京オリンピックの責任者にもなっているし、もしかしたらチベット担当として派遣されるかもしれない。そうなれば、まさに20年前に胡錦涛がたどった道だ。

 中国の総書記の任期は5年で2期まで勤められる。胡錦涛はちょうと5年目で2期目に移るところだ。ということは、あと5年は胡錦涛政権、続く10年は習近平政権と、15年先までの展望が見えていることを意味している。中国はこのようなことに手をつけるのが早いのだ。

 ロシアも同様である。プーチンの後は、メドベージェフ氏だ。彼の任期が終わったら、たぶんプーチンが返り咲くだろう。だからこれから12年は事実上プーチン政権である。対して日本などは、今年の終わりにいったい誰が首相の座についているかすら分からない。米国もそうだ。いったい誰が大統領になるのか。まだまだ予断を許さない状況である。

 これからの国を背負う人が誰なのかしっかり決まっている国と、まったく予想のつかない国。そしてEUのようにビジョンとルール(規則)で合意に基づく国作りをひたすら進める超国家の出現。そういう3種類の“国”の違いが、これからの世界を作りだしていく。

 19世紀的な「国民国家論」はもはや当てはまらない。中国もいい加減に新しい国家概念(例えば中華連邦のような緩やかなコンセプト)を生み出さない限り世界を二分することはおろか、大国として指導的役割を果たすことも、先進国として尊敬を集めることもできないだろう。これは、オリンピック以前の大問題なのである。

posted by ルナパパ at 13:53| グァム ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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